愚か者日記

大震災で暴利をむさぼる闇金もいれば奢ってくれるヤミ金もいる!

愚か者倶楽部

阪神淡路大震災の時には私はまだ多重債務者では無かったが、知人に詳しく聞いた事がある。

震災があって一週間もしない内に、スポーツ新聞等の一行広告『被災者へ即決融資!』などの見出しで、複数の闇金が広告を出していたのは知っていた。

阪神大震災で困っている人たちへも闇金の魔の手は伸びていた!

愚か者倶楽部2011.3.15

私は利用しなかったが、やむを得ず利用した知人に聞いた話が本当にひどい内容だった。

06から始まる大阪の番号に電話すると、事務員がまず対応し免許証の有無を確認されるらしい。

全員かどうかは不明だが免許証を持っていない人はもちろん、震災で紛失した人もダメだったらしい。

その知人は免許証を持っていたので、言われるがままに大阪市内の待ち合わせ場所に出向いた。

その時は電車はもちろん、車もダメで大阪へ向かう用のある大半の人達と同様に、自転車で指定場所へ向かったそうだ。

何時間もかけて到着すると、コワモテの男が2人先客の対応をしていたそうだ。数十分後に順番が来て、融資の申込み内容を聞き始めた。

その内容は・・・貸し出し金額は5~10万。金利はトイチ。支払いは10日毎に大阪市内まで持参。

免許証は完済まで現物預かりで、申込用紙に自分の所有財産を記入。以上のような内容だったらしい。

その際、申込書とは別に大阪地方裁判所・裁判長宛に『誓約証明書』なる不可解な書類を書かされたらしい。

その内容は・・・「申告した財産等に虚偽があった場合は通常利息の10倍を一括で支払います。」とか、

「10日毎の支払いが一回でも遅れた場合は申告財産を全部没収や親類縁者への督促も承知致します。」など・・・

絶対に裁判所が認めるはずの無いデタラメな誓約書にサインを強要されたらしい。

とにかく、脅し攻撃で逃げられない心理にさせるつもりだったのだろう。

しかし知人は、その時の惨劇から少しでも逃れる為、背に腹は変えられない思いで利息先引きの9万円の融資を受けたらしい。

それから、神戸に戻った知人は同じ避難場所に居る知り合いに話したところ、そんな融資は絶対ダメと諭されて、周囲の協力もあり10日後の返済日に全額返済したらしい。

でもその時、相手の業者はスンナリと書類の返還に応じようとしなかったみたいだ。知人は執拗に粘って、書類と免許証を取り返し神戸へ戻ってきた。

こんな災害時でも、人の不幸を省みず悪意の闇金は必ず出てくる。

あの時とは時代が変わり、今回の東日本大地震の場合は、クレジットカードの現金化等で被災者を食い物にしようとするのではないかと、危惧している。

避難所で眠れぬ夜にロウソクの炎だけを見つめていると、心の底から気弱になる事は身を持って体験しているから本当に心配だ。

私はこれから遠隔地からではあるが、出来る限り情報を収集し、それらのヤミ金を発見次第、自分なりに攻撃し、最大限の営業妨害を試みるつもりだ。

闇金と酒を飲んでヤミ金にならないか?っと誘われた件

2011.3.18

タイミングが悪く書けなかったが震災の前日の夜、私はヤミ金業者と酒を飲んだ。

公的融資が入金され、その日のうちに返済する為にヤミ金業者に連絡を取り、とある居酒屋で待ち合わせた。

私より10分程遅れてヤミ金業者はやってきた。まず最初に借りた分の返済をしようと、元金の25万円を手渡し、利息を確認したところ男から意外な言葉が返ってきた。

利息は1万円で良いというのだ。それでも超法外である事には間違いないが、私からすると格安でありがたい利息だった。

とにもかくにも返済は終わり、男と酒を飲み交わす事になった。私は男にヤミ金の仕事をする事に違和感はないかと尋ねてみた。

すると男は躊躇する事無く説明を始めた。男は以前、親から受け継いだ個人商店を営んでいたらしい。よくある駅前商店街のアーケードの中にある店だそうだ。

大型店舗の影響で業績は悪化の一途をたどり、次第にサラ金やヤミ金の世話になっていたらしく返済に四苦八苦していた時があったらしい。

そんな時に当時借りていたヤミ金から「ヤミ金を始めないか?」と誘われたそうで、苦しい状況をなんとか打破したい思いで、半信半疑ながらヤミ金のイロハを教わったらしい。

基本的には幹部の言う通りに動くのだが、ある程度は個人の力量がものをいう、いわゆる“フランチャイズ”のようなしくみらしい。

売り上げ(回収利息)の何%かを組織に納めると、次の融資資金を割り当ててくれるそうだ。男はヤミ金を続けていくうちに、すっかり本業になってしまったと笑っていた。

大半は感情を押し殺して非情に接し、無情に回収するらしいが中には懇意に接する客がいるそうで、私もそんな中の一人らしい。

そんなこんなであれこれ話しをし、2時間程で席を立った。2人で8000円程度だった勘定はヤミ金の男がおごってくれた。

別れ際に今回は特例で、次回は通常融資になるよと笑って言われたが、困った時はとにかく連絡してくれと言われた。

店を出て挨拶をし、私は止めていた自転車の鍵を開けていたところ、ヤミ金の男は店のまん前に堂々と止めていた車に乗り込み、100%飲酒運転で去っていった。

会食中、ヤミ金の男に言われて印象に残った事があった。それは私が闇金業に転身すれば、“稼ぐヤミ金屋になれる感じがする”と言われてしまった事だ。

帰宅途中に自分がヤミ金になる事を想像したが、すぐさま家族の顔が浮かび出てその妄想は消し飛ばした。

バカな妄想を消し去った私は心機一転、地道に進もうと決意し、その決意を固める為、

いちもくさんに立ち飲み屋へ向かったのであった。そんな感じだったので実は震災当日の朝は結構な二日酔いだった・・・